ハーモニーというにはあまりにも雑な、蝉の歌が賑やかなある夏の日。
俺はある一つの決心をしていた。
これまでは、どうしても言い出せなかった事。
だが、今日こそは、今日こそは言わなければならない。
そうしないと、俺は……
「観鈴」
重く閉ざしていた口を、開く。
俺にとって、これは余りに重要な事だ。
慎重に話を進めなければならない。
「なに、往人さん?」
「お前の…」
「の?」
「その……」
体中に得体の知れない圧迫感がかかる。
「その?」
だが、俺は言った。
「にははっ、ってのどうにかならんか?」
そうしないと俺は、鳥肌が立ちっぱなしだ。

「わ、なんで突然そんな事言うかなぁ」
「不愉快なんだ。何故かしらんが鳥肌が立つ」
「が、がお……」
これもNGワードだ。
ぽかっ
容赦無く、観鈴の頭を叩く。
「イタイ……」
「ともかく、今すぐその「にははっ」と「がお」の使用を止めろ」
俺が快適な居候生活を送れるかどうかは、
この一戦の結果次第と言っても過言ではない。
勝たねば……なんとしても勝たねば………!
そう……これは俺にとっての……聖戦なんだっ……!!
「う〜ん、分かった。往人さんがそう言うなら、努力してみる」
……あっさりと勝った。
いささか拍子抜けではあるが、
これで俺の居候生活は当分安泰と言うわけだ。
「……だが、本当にいいのか?」
随分とあっさりとした決断に、つい俺の口から疑問が突いて出た。
「うん。往人さんのお願いだし」
「そうか……」
ちょっと感動を覚えるシーンである。
日本名作100選に選んで欲しいくらいだ。
「観鈴ちんの人助け、にははっ」
「…………」
ぽかっ。
「イタイ……」
甘かった。

これまでずっと使ってきた癖がそう簡単に抜けるわけは無い。
その上相手は観鈴。一筋縄では行きそうに無い。
俺が今すぐ止めろと言っても観鈴の場合止めるまで一年、
……もしくはそれ以上平気で掛かってしまう気がする。
…金を稼いで次の町に行った方が速い。
どうすればいいのか……
…………!
「観鈴、その癖、なんとか他の言葉に置き換えられないか?」
「置き換え?」
「そうだ」
「う〜ん、難しいかもしれないけど、観鈴ちん、がんばる」
そうだ。俺が鳥肌を立てるのは、
あくまで「にははっ」や「がお」と言う言葉自体にある。
ならば、『それ』を他の言葉に置き換えてしまえばどうか?
例えば、「にははっ」の代わりになるもの……
「あははーっ」
「………」
ぽかっ。
「イタイ…往人さんのいう通りやってみたのに…」
「他のを考えろ」
俺がそう言うと、観鈴は腕を組み、うんうんと唸り始めた。
暫く経つと、なにか考えついたらしく、ぱっと観鈴の顔が晴れる。
良かった、これにて一件落着、
これで俺のハッピー居候ライフがスタートだ。
「(笑)」
「…………」
さようなら、神尾家。

神尾家を飛び出した俺は、
ふらふらと当ても無く駅の方向に流れてきた。
居住環境は観鈴の家には遠く及ばないが、
ここなら何とか生活出来そうだと思ったからだ。
「往人さん、何処行くの?」
「…………」
観鈴が付いて来ていた。
「電車はもう通ってないよ」
そんな事は知っている。
「観鈴、俺はもうお前の家に居る気は無い」
「ゴ、ゴルァ(゚д゚)……」
……まさか、これが「がお…」の代わりなのだろうか。
…また叩いてやろうと思ったが、
その言葉の持つ得体の知れない迫力に、
俺はただ押し黙るしかなかった。
ふたりの間に、沈黙が横たわる。
と、そこへ。
「……楽しそうですね」
遠野が現れた。

「この状況をどう見れば楽しそうに見えるのか?」
俺がそう言うと、遠野は俺と観鈴を交互に見た後、
「………修羅場?」
「違う」
遠野のペースに引き込まれると、どっと疲れる。
「…あ、遠野さん、ひさしぶり」
「……はい…」
観鈴と遠野の会話も、何とも気まずい。
その沈黙を破るように、
遠野がポケットをごそごそと漁り始めた。
まさか……
「再会を祝して……お米券、進呈」
「いらんわぁぁぁっ!」
何故か俺が突っ込んだ。
「………そうですか…」
遠野は俯き、悲しげに瞳を伏せた。
「…鬱だ氏のう」
……なんなんだこの町は。

「こらぁっ!国崎往人ーーーーっ!」
突然、耳の近くで大音響が響く。
鼓膜が破れるほどの大声だ。
耳を塞ぎ、辺りを見回すと、
何時の間にか、みちるがいた。
みちるは明らかに怒っている様子で、
物凄い勢いと剣幕で俺に詰め寄る。
「………!…………!」
…だが、さっきの残響音で、ちっとも聞こえない。
まだ耳の奥に大ダメージが残っているのだ。
ただ、何を言っているのかは容易に想像が出来た。
そして、なんとか聴覚を取り戻した時…
「美凪を悲しませる国崎往人、逝ってよし!!」
「…オマエモナー」
……そもそも、逝ってるのはお前だ。
そして、観鈴が言った。
「(藁)」
あぁ、早くこの町を出たい。

もう歩く気力すら殆ど起きない。
肉体的にでなく、精神的に異常に疲れているのを感じる。
良く分からない意地と戦い、俺は商店街まで来た。
「あれぇ〜?国崎くんがよれよれだよぉ」
むぅ、この間の抜けた声は……
「……佳乃か」
だが、俺はもう駄目だ。今にも倒れそうだ。
「テンションをsageずにageるんだよぉ〜」
「……………」
なんかもう、どうでも良くなってきた。
とりあえず、聖だけはまともである事を期待しつつ、
俺は霧島診療所へと入っていった。
「……で?要するに心の病を治して欲しいと?」
と言うか、ただ単に疲れただけという気もするが。
「ふむ…ヒッキーの典型的な症状…と」
「待て」
各地を渡り歩く旅芸人とヒッキー。
正反対だ。
「五月蝿いぞ厨房」
「…………」
メスをちらつかせられては、黙るしかなかった。
と言うか、これ以上ここに居たら、
さらにおかしくなりそうな気がした。
俺は早々に席を立ち、逃げようとする。
「待て厨房」
「誰が厨房だっ!」
メスの荒らし、もとい嵐を受けたが、
何とか逃げ切った。

霧島診療所からも逃げ出した後、
俺は当ても無くさまよい、
そして、海に、来ていた。
沈み行く夕日が、空を、そして海を赤く染めている。
それを見ていると、この疲れでさえどこかに吹き飛んで行く気がした。
「ぴこぴこっ」
ふと目を降ろすと、夕日に照らされた赤い毛玉が俺を見ていた。
「ポテトか……」
今の状況だと、こいつすら心強く感じる。
夕日を見つめる俺と犬(?)。
俺は、ポテトに今日これまでの経緯を話してみる事にした。
そうする事で、なんとなく気が晴れると思ったからだ。
そして、今ならこいつと心を通じ合わせることも……
「……でな…」
「ぴこぴこ」
理解してくれているのかどうかは分からんが、
話を聞いてくれる人(違うが)が居ると言うだけで、俺は嬉しかった。
……?
何時の間にか泣いていた。
今日、話の通じる(気がする)相手に初めてであった事からくる安堵感だろうか。
だが。
「エロゲーするやつ氏ね!キショイ 」
そう、ポテトが言った。
こんなつまらん事で犬の言葉が分かるようになるなんて。
…ああそうさそうさ、どうせ俺なんて……
俺は、夜の内にこの町を出る決心をした。
さっきまで綺麗に見えていた夕日が、とてつもなく憎らしく思えた。
「ヒロインが幼馴染みじゃないのが俺の敗因なのかーっ!」
意味不明な事を言ってみると、何故か心がすっきりした。

−完−



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